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2007年02月09日

「筋肉痛の朝」

松山で筋肉痛の朝を迎える。
筋肉痛には訳があって、昨日、松山駅前のバッティングセンターでバットをぶんぶん振り回したからである。
初めて、松山に来た時、僕は、子供ショーで旅をしていた。
友人の劇団新感線の吉田氏が子供ショーのデビューが松山ということで、当時は、「兄さん」と呼ばれていた僕が先輩として付き添いで来たのである。
というか行ったことのなかった松山に行きたくて、ついてきてしまったという方が近かったのかもしれない。
うっとしい先輩である。
今だから言うが、子供ショーより、鯛めしを食べ、地酒を飲みたい方が強かったのである。
こうして最低なイシコ兄さんは、デビューを翌日に控え、緊張している吉田氏を無理矢理、飲みに誘ったのだ。
吉田氏は乗り気ではなかったが、兄さんの誘いだからとつきあってくれた。
ちょうどホテルの近くが繁華街だったこともある。
酒も入り、僕の好奇心は留まるところをしらず、
「もう一軒行こう!」
とタクシーに乗り込んだ。
先輩失格である。
「兄さん、どこ行くんですか?」
「松山駅を見に行く。運転手さん、松山駅お願いします」
今から思っても、何故、僕は駅に行きたかったのかは判らない。
松山市駅とJR松山駅を間違えていたのかもしれない。
松山市駅なら、栄えていたのに。
とにかく僕らはJR松山駅に向かった。
降りる寸前、タクシーの運転手が言った。
「松山駅は何もないですよ」
僕らは閑散としている松山駅の前に降り立った。
確かに飲屋街など存在せず、バッティングセンターだけが目に入ったのである。
仕方なく、酔っぱらった身体で僕らは、バットを握った。
吉田氏はバットを振りながら、子供ショーのリハーサルを始めた。
僕は、バットを振りながら、観客の子供役になった。
こうして子供ショーのリハーサルが終わるまで、何度もコインを入れ、僕らはバットを降り続けた。
その思い出のバッティングセンターが変わらず(ひょっとしたら改築しているかもしれないが)今も残っていることが嬉しく、思わず、バットを握ってしまったわけで。
変わったのは、吉田氏が僕の呼び方を「兄さん」から「イシコ」になったことである。

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今も代書を頼む人がいるのか、それとも代書の意味合いが変わってきたのか。
今回の四国旅で最後に考えた看板である。

2007年02月08日

「年金で心配する人の120万円の価値」

2000円で考えさせられた後、足摺岬の近くの漁港へ朝食を食べに出掛ける。
しかし、漁港にしては朝食の時間は遅すぎたようで、既に閑散としたものだった。
仕方なく、本日の目的地である高知市内に向かって車を走らせながら、見つけることにした。
これがなかなかなく結局、見つかったのは10時近くになってから、うどん屋を見つけた。
青さうどんを食べたかったのだが、3月からしか穫れないということで、無農薬野菜がのっかった田子作うどんをいただく。
近くの初老のおばちゃんが遊びに来て、店の人とおしゃべりを楽しんでいた。
「ここに住んでよかったなぁって、つくづく思うよ」
こういう言葉は、聞いていて何故かほっとする。
「都会だったら年金だけじゃやってけないもん。ここに住んでいるから、贅沢しなければ何とか食べられるもの」
今、年金はいくらくらいなのだろう。
人にもよるのだろうが、国民年金は6、7万円といったところだろうか。
確かに都会の物価では年金だけでは暮らしていけない。
野菜も魚も安く手に入る場所だからこその幸せなんだなぁと考えながら、うどんをすする。
うどんに集中している間に話題は葬式の費用の話になっていた。
「あそこの葬儀屋はホールを借りて49日の法要までセットで120万円だって」
「安いわねぇ〜」
「でしょ?だから、私も今から頼んでおこうかと思って」
思わず僕は唸った。
年金と葬式費用。
この値段の感覚は別なのか。
今日のドライブは一日中、値段の感覚のことを考えることになりそうである。

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高知市内にあった、この看板が値段の感覚を忘れさせた。
シャッターが閉まっていて、今はやってなさそうな雰囲気だったが、いったい何屋だったのだろう。
やっぱり本屋なのかなぁ。
だったら「ホン」って書かないよなぁ。

2007年02月07日

「朝食讃岐うどん梯子」

朝一の飛行機で高松へ行く。
約5年ぶりの四国である。
前回、来たときはちょうどワールドカップの最中で、四国のホテルで観ていたのを覚えている。
空港でレンタカーを借り、「朝食の讃岐うどん」を食べることにする。
いつも美味しい讃岐の店を教えてもらうのだが、いつもそのメモを残していない。
いつも行き当たりばったりの「うどん屋」巡りになる。
ただ、大、中、小(一玉、二玉、三玉のところや、大と小だけのところもあったりするが…)と大きさが分かれているので、小でも頼みつつ、何軒も回りながら、
「この店は当たりだなぁ」
「この店ははずれだなぁ」
と自分なりに判定を下すのが楽しいわけで。
本日の朝食は2軒回って、1勝1負。
いい感じである。

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飛行機から見えた富士山に思わず拝んでしまうのであった。

2007年02月06日

「朝一の試写」

昨年、カンヌ映画祭の体験ブログ中、カフェグルーヴの浜田社長とピアノを題材にした映画を観た。
大筋だけで細かい部分はわからなかったが、単純に面白かった。
「この映画買おうかなぁ」
浜田氏がつぶやいた。
「映画を買う」という言葉に慣れていない僕はどぎまぎした。
彼はその足でその映画を売っているブースに向かった。
僕もどぎまぎしながら映画を買う現場に同行させてもらった。
値段の交渉をして、その場で契約書にサインしているところも見た。
映画を買う現場を初めて見て、どきまぎしながらも妙に興奮したことを覚えている。
あれから9ヶ月程経つ。
「イシコと一緒にカンヌに観てから買った映画に字幕がついたよ〜。月曜日朝一試写やるから、時間あったら来なよ〜」
浜田氏からメールをもらい、朝一番の虎ノ門の試写室に入った。
出資も何もしていないのに、自分の映画のように何だか妙に嬉しかった。
二回観ても、やはり、この映画は面白かった。
もちろん細かい部分も字幕でよくわかった。
早く劇場にこの映画がかかる日が待ち遠しい。

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カンヌの朝ご飯は高かったなぁ。
クロワッサンとコーヒーとオレンジジュースで2000円くらいじゃないかなぁ。
って僕、払ってないけど。
というか払えなかった。
何故なら、カンヌの前に立ち寄ったスペインで財布を落としたのである。

2007年02月04日

「人の好みはどのくらいで覚えられるか?」

ちょっと朝からどうかとは思ったが、ずっと眠っていた少し辛めのインスタント春雨スープを飲んだ。
昨日の話を朝ブログに書きたかったのである。
朝ブログを書きたいために、朝ご飯が変わる。
まぁ、いつも似たような朝ご飯の献立が変わるなら、それもそれでいいではないか。
というわけで無理矢理、朝に辛い話とこじつけて昨日の話である。
早稲田大学に行く途中のバスの中で前の席の若い夫婦が喧嘩を始めた。
ひょっとすると同棲中のカップルなのかもしれないし、ただ単にカップルであるだけなのかもしれないが、この話に関してはどちらでもいい。
前に座った男性のちょっと怒った声が聞こえてきたのである。
「だいたい、俺、辛いもの嫌いじゃん?1年も一緒にいたらわかるだろ?」
どうやら食事に関することでの喧嘩が始まったようである。
この会話を聞きながら、十数年前のロサンゼルスでの僕とチホの会話を思い出した。
僕らは野茂英雄選手が大リーグへ日本人として挑戦を始めたばかりのドジャース戦を観に来ていた。
残念ながら、僕が観た試合は野茂選手の登板はなかったが、当時バッテリーを組んでいたキャッチャーのピアッツァ選手のホームランを観ることはできた。
JALのロス勤務で滞在中、ずっとお世話になっていた峰夫妻が、球場名物のホットドックを買って座席まで持ってきてくれた。
「チホちゃんは辛いのダメだったからチリドックはやめて、普通のホットドックにしたからね」
峰氏がチホにホットドックを渡した。
「えっ?チホって辛い食べ物ダメだっけ?」
僕が放ったその言葉にチホも含めた他の3名が凍り付いた。
「僕でも知っているのに…。イシくん、チホとつきあって長いよね?少なくとも、3年は経っているよね…」
峰氏が恐れるように言った。
その後の展開は推して知るべし。
当時の話を僕の前の席のカップルにしてあげたかった。
もちろん、つきあって16、7年になる今となっては彼女の苦手な食べ物を全て知っている…つもりである。

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当時のドジャース…。いや、この頃、僕は、まだデジカメは持っていない。
これは、新庄選手のメッツ戦を観に行ったときの写真である。
どちらにせよ。大リーグということでお許しくださいませ。

2007年02月03日

「熱でうなされた朝」

熱でうなされた。
雪の景色を観た。
もちろん東京に雪は降っていない。
夢である。
身体を冷やしたかったのかもしれない。
珍しくシーズン2度目の風邪っぴきである。
それにしてもよく眠った。
ただ、これだけ眠ると脱皮するような感覚になるから不思議である。
今日の朝陽を見て、何だか生まれ変わったような気がした。
これで機械音痴が克服され、夜の飲み会が遅くまでつきあえれるようになればいいのだが…。
それは別問題のようである。

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夢の中の雪はスゥエーデンの山中を犬そりで走ったときの景色に似ていた。

2007年02月01日

「絵から漂う時間」

神田さおり氏の絵を観ていると、せわしない時間が緩やかに感じる瞬間がある。
ここ数年、様々な分野で活躍している彼女は絵を描くのが大好きである。
アーティストだから当たり前と言われれば、その通りなのだが、アーティストの中でも仕事感覚で絵を描いている人も世の中にはいるわけで、そういった部類の方々とは違って、彼女の場合、心から絵を描くのが好きなのである。
彼女はずっと描いていたいのだ。
僕がずっと旅をしていたいように。
彼女が代官山のアパレルのビルの3階のフロアを使って、約2ヶ月に渡ってパフォーミングアートを行ってきた。
最終日、一番、美味しい時にうかがうことができた。
2ヶ月という月日は彼女の作業着のインクの汚れが物語っている。
久々に会った彼女に制作している日の一日の様子を聞いた。
朝、この場所にやってきて一息つく。
壁一面を眺めて、その場のインスピレーションで今日、描く場所の前に立つのだそうだ。
ただ、途中で友達が遊びに来たら、近くに座らせ、その周りを絵で埋め尽くすし、差し入れの花が届くと、その花からもらったインスピレーションを絵に加えるなど自由な流れの感覚を残していく。
そんな彼女が自由に描いた空間の中に座り、絵の空気感に馴染ませていくと次第に緩やかな時間が自分の中に流れ始める。
壁という壁から床にまで描かれた彼女独特のタッチの絵がつながり、絵から漂う物語は現代版の絵巻物を読んでいるような感覚になる瞬間もある。
様々な瞬間を楽しんでいるうちに、どこかの洞穴の中で、彼女が岩に描いているような気持ちになってきた。
描いている姿をつまみに、酒をだらだらと飲んでみるのもいいなぁと思うのであった。

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神田さおりさんです。ウソです。パリの路上にいたスプレーで絵を描くアーティストです。